「法律読め」ってのは通用しないものなのね2008年05月03日 04時29分00秒

 いやまあ、あくまで相対的な話なんですが、ネット上というかblog界隈というか、「経済学の教科書読め」とか「ソースコード読め」に比べると、「法律読め」ってのは案外と通用しない気がしたもので。
 個人的には、世間には法学部出が結構いるんだから、「法律読め」だってもうちょっと通用してもいい話だと思っていたんですが。
 具体的には、下記の話。
おおやにき
 ……ずいぶん親切な解説だと思うんだけど。後のコメントまで全て読み直して、それでもrm -rfが皮肉として有効(あるいは、大屋先生の検証は、rm-rfと変わらない)、と考えているものなのかねえ。MiAUの人だけ挙げとくと、下記参照。後の人はMiAU:発起人一覧見ると所属が法学部なんだがな。
 後は下記からたぐった方が早いかな?
whimsy inflorescenciaー「検閲」についての概説
 個人的には、MiAUので言う「検閲」は、日本国の法律上の「検閲」の話じゃないのね、という理解になっちゃったな。それが悪い、というのではなく、法律上の議論じゃなければいけない訳でもないけど、混同した議論になるのも何だかな。
http://d.hatena.ne.jp/atsushieno/20080423で、
MIAUの見解に示される「検閲」は、もちろんより概念的な表現であり、id:atsushieno:20080407 で芦部「憲法学」から引用した通り、米国判例で言えば「検閲」に当たることを考えれば、とても不当な、あるいは間違った表現であるとは言えない。
と書いてるんだけど、米国判例の話から芦部説持ってきても、日本国の法律上の話をしているbewaad氏とはそりゃ噛み合わん気が。くどさをあえて心がけつつ検閲等について改めてなぞ読んでると、ものすごくbewaad氏のいらだちがよくわかるなあ。その後を見ても、MiAUのプレスリリースは、最高裁判例に言う「検閲」ではないが、今回の法案は「検閲」にあたるからけしからん、という論理構成なんだろうか?もう何が何だか。
 結局、池田信夫 blogMIAUの発表についてネット規制についての論点整理の賛否の議論の切り分けのあたりに落ち着く話だと思うんだけどねえ。むろん、まだ論点はあるかもしれないし、切り分けの仕方としてもあるかもしれませんが。
 個人的には、「そんなものなくて済むのならそれが一番いい」という考えで、じゃあ実際にどうなのか、というあたりまで踏まえて、できるだけ弊害の少ない形でなんとかするしかないから、大屋先生の意見に賛成、というところです。しかし、私はいつからリベラルだったんだろうか?

 ところで、切込隊長はさすが男前だと思いましたです→ガキに見せられなくなるフィルタリングごときでネットって死んでしまうの?

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